ホームページ DTP/デザイン制作 業務案内 対応アプリ&フォント DTP Tips & FAQ About ISOVD
 


 

 いそVD工房は日本のほぼ真ん中、栃木県南部、佐野市にあります。関東平野の北端で、市内にある小高い山の頂上からは関東平野が一望でき、晴れた日には肉眼で東京の高層ビル群や富士山を見ることが出来ます。
 都心から直線距離で72キロメートル、車での実走行距離はほぼ100キロメートルといった所です。交通は最寄り駅であるJR佐野駅・東武佐野駅より徒歩6分、東北自動車道佐野インターより車で約10分の距離です。
  佐野インター付近には佐野プレミアムアウトレットとイオン佐野新都市ショッピングセンターがあり、土日や休日は近隣からの客で賑わっています。また、佐野はラーメンが旨い所です。行列が出来る店が何軒かあります。佐野市ホームページ、佐野市観光協会に情報があります。
 当工房はトップページでご紹介したように、「いそビジュアルデザイン工房」として昭和62年に開業しました。会社組織ではなく個人事業ですので「いそ VD工房」は屋号ということになります。事業主は私、磯と申します。昭和28年(1953)生まれ。昭和28年は日本でテレビ放送が始まった年です。同年 生まれの有名人としては、山下達郎(ミュジーシャン)、萩原流行(俳優)、ジーコ(サッカー日本代表監督)、研ナオコ(タレント)、関根勤(タレント)、 ピアース=ブロスナン (俳優・007)、竹下景子(女優)、三田村邦彦(俳優)、松平健(俳優)などです。
   
  ●いそVD工房の事業主の略歴を紹介させて頂きます。
 氏名は磯史郎と申します。「磯」はめずらしい姓だと思います。電話帳では数えるほどしかありません。
  東京造形大学デザイン学部ビジュアルデザイン専攻卒。卒業後六本木のデザイン事務所に就職し、主に雑誌のデザインに携わりました。20代後半に郷里に戻 り、印刷会社に就職。写真植字・版下・写真製版の技術を修得させて頂きました。1987年に「デザインから製版まで」の請負業として独立開業しました。開 業時は手動写真植字機、製版カメラ、パソコンといった設備でスタートし、その後、電算写植機、パソコンDTP関連設備へと拡張していきましたが。現在では 完全にデジタル化し、入力から出力までをパソコンで制御するようになりました。DTPにはかなり早くから着手してきましたが、MACではなくMS-DOS からスタートし、WindowsDTPへと繋がっていきました。最初に手にしたパソコンがNECのV30という純国産CPU搭載機、その後何台ものパソコ ンを経て、今使っているのがNECの水冷式パソコンです。とても動作音が静かで、気に入っています。 

●今では骨董品的存在になってしまった「写植」について
 「写植」という言葉すら最近では聞かなくなってしまいましたが、「写植」は日本の文字印刷文化に多大な貢献をした技術です。当工房でも、開業時から数年 前まで写真植字機を使っておりましたが、現在では全く使われる事もなく、「ただそこにある物」となっております。処分した機械もありますが、メインの機械 は文字盤を含めあまりにももったいなく捨てられずにおります。写植機本体の価格がおよそ700万円、文字盤はメイン文字盤で10〜15万円、サブ文字盤で 7,000円くらいだったと思います。つまり文字盤とセットで計算しますと手動写植機1台を購入するには1千万円近いお金が必要だったのです。さらに電算 写植機となりますと、億に近いものとなり、保有できるのは都内や主要都市の大手企業に限定されていました。お若い方はご存じないと思いますので、そんな写 植について紹介させていただこうと思います。
 下の写真は手動写植とその文字盤です。写植の原理はカメラとタイプライターを合わせたようなもので、文字の画像をレンズで拡大したりして一文字づつ印画 紙に焼き付けていくものです。メインプレートはガラスの板の間にネガの状態で文字がおよそ4ミリ大の大きさで2862文字が配置されているものです。文字 は印鑑と同様の逆向きになっています。文字の配列は「一寸の幅式」といって漢字の形態から直感的に探せるように工夫されたものです。
  私は大学にあった写研の「SK-3RY」とか「スピカ」という初期型の写植機の操作を覚え、卒業制作のための印字をしたのが写植との最初の出会いでした。 当時の写植機はまだ電子制御されたものではなく、思い通りに印字するにはかなりの熟練の技が必要でした。写植の難しいところは、印画紙に露光された文字は 現像するまではどうなっているかわからず、綿密な割付計算と頭のなかで組み版をイメージしながら作業をすすめていくことでした。技術の進歩と共に印字状態 がブラウン管でシュミレーションイメージとして確認できる機種が開発されました。また、複雑な割り付け計算をワンタッチで自動化してくれる機能も付けら れ、オペレーターはよりクリエイティブな存在となっていきました。
 現在のようなパソコンで何度でもやり直しがきくDTPと違って、一本の罫線を引くのにも神経を研ぎ澄ませ、非常に集中して仕事をしていたと思います。職 人技がその印字物にも表れるのです。効率的にはまったくDTPと比べたらお話にならないくらい手間のかかるものですので、今の時代に使うわけにもいきませ んが、写植時代の文字組には品格があったように思います。今の時代はコンピューターの飛躍的進化によって、私が写植機を操つりながら夢見ていたことが現実 になっています。その夢とは他ならぬDTPであります。文字と画像を同時にパソコンで編集して、それがフィルムになればいいなぁ……それが今、ほとんどス トレスフリーでパソコンで出来るようになった訳です。しかし、残念な事に仕事の受注単価は下がり続け、今後この仕事でやってけるのかさえ不安に思えるよう な時代になってしまいました。昔のように…とは言いませんが、明日につながるような仕事をしていきたいものです。

 

よろしくお願い申し上げます。


327-0023 栃木県佐野市相生町196-26
TEL.0283-24-2371
FAX.0283-24-2372
isovd@hzfcs.com

ホーム 新着情報 業務案内 会社概要 マップ リンク